古森のひみつ


ディーノ・ブッツァーティ 作
川端 則子 訳
岩波少年文庫


セバスティアーノ・プローコロ大佐が、亡き叔父のモッロ氏から屋敷と小さな森を受け継ぎ奥谷に住み始めたのは、1925年の春のことでした。この古森と呼ばれる小さいけれど美しい森は、世界じゅうでいちばん古いモミの木々がそびえ、木の精たちや動物たち、吹き荒れる風が住まう、深い森でした。

モッロ氏は他にもはるかに広大な森も残しましたが、これは大佐の甥でまだ12歳のヴェンベヌート少年に譲られました。大佐は叔父の不公平さにも、森を守ろうとする木の精たちの疎ましさにも心を害し、やがてヴェンベヌートを亡き者にしようという思いを募らせます…。

古森には、人間とほかの生き物、あるいは風、影、小屋までもがごく自然に関わりあって共存しています。そんな中で大佐はひどく冷酷でありながら、木の精や鳥や風たちと話せる純真さを備えた、不思議な人物です。

また、頼りなげだったヴェンベヌートが、あるとき自分でも気づかぬうちに子ども時代に終わりを告げるさまは、誰もが忘却の彼方へ置き去りにしてきたその時を思い起こさせ、切なくなります。

ブッツァーティは1906年生まれのイタリアの作家で、人生の真実を淡々と描いた長編小説や辛辣ながらも幻想的な短編小説を多く残していますが、いずれの作品も不思議な味わいをたたえた物語性にあふれています。ことに『古森のひみつ』は読み手の胸奥にある原風景によって、捉え方、感じ方がそれぞれに異なる、そんな懐の深い作品です。

ブッツァーティの描き出した古森は、かつて誰の心にも在り、そしてあるときを境に誰もが立ち入れなくなってしまう、そんな場所なのかもしれません。

多可町図書館 安平 利江